選択の自由

こないだ、「図書館行ってもどの本を選んだらいいのかわからない」って話を聞いて、
そ、そんな悩みがあるのかー!Σ(゜Д゜)と衝撃だったわたしなのですけど。
自分の服屋さんコンプレックスを思ったらなんとなく答えが出たのでメモがわりに。

「選べない」という悩みがある人はたぶん、
人の目を気にして、一生懸命正解を探してるんだと思う。

わたしは服にあまり執着がなくて、とりあえず外に出るときによほど変じゃなきゃいいやレベルで 服を見てたので、
自分に何が似合うのか、
何が着たいのかイマイチわかんなかったんだよね。
あと、「こんなのわたしが選んだら、おしゃれな人には指差して笑われるんじゃないか」みたいな、なんとな~くの恐怖が拭えなくて。
服って、いくら自分の着たい服を着ればいいっていっても、
「似合う」「似合わない」「ダサい」「おしゃれ」がどうしても存在するから、『正解』があるでしょう。
でも知識も経験もなくて、どれが正解なのかわかんない。
だから服屋さん億劫だし、行っても選べない。
ずっとコンプレックスだった。

図書館で本が選べないって、同じことが起きてるんだと思うのね。

「こんな本を借りたらセンスがない、趣味が変だ、もっと勉強になる本を読めって言われる」
「今のわたしの悩みにふさわしい、たった一冊の本を探さなきゃならない」

って無意識に感じちゃってるんだと思う。

そんなん好きに選べばいいじゃん、というのは、
そのジャンルの知識がある程度あって、
人の目を気にしない人の見解。

例えを出すなら、ゴールド免許だったんだけどこれから車に乗らなきゃ行けないから車を買いに来た主婦だと思えばわかりやすいでしょうか。
車の知識が無さすぎるので、軽がいいのかどんな装備が欲しいのかどれくらい馬力があればいいのかもわかんない。
わかんなすぎるけど、高い買い物だから、『正解』を選ばなきゃならない。
「えー、なんでそんな車買ったのー??」って言われたくない。
どれ選んだらいいかわかんない。

たぶん、選べない、という悩みがある人はたいていこれ。
服が選べない、本が選べない、電化製品が選べない、家具が選べない、仕事が選べない、好きな女が選べない。
そんでおそらく、過去にそのジャンルにおいて
「なんでそんなの選んだの?趣味悪っ!」
と言われたことがある(断言)。

解決方法が二つあります。

ひとつは予備知識をつけること。
予備でいい。
選ぶための知識。
わたしはちなみに、骨格とパーソナルカラー(似合う服のかたちと色味)をちょっとかじったので、化粧品も服も多少選びやすくなりました。
え、どうやって予備知識つけるかって?
そんなもんはインターネットでいいんだ!!
悩みを検索すればいくらでも予備知識あがってくる!!
そんなときにはこれがオススメ!って上がってくる!!
「そんなのも知らないの?」なんて他人に馬鹿にされずに予備知識ちゃんとつけられるぞ!

もうひとつは、開き直り。

「あんたの趣味の本読まされたって、わたしは楽しくもクソもないんじゃい!!」

って開き直ること。
ただ自分が心惹かれるものを素直に選ぶこと。
だってよく考えたら、他人がご機嫌になるためだけに選びたくないもの選ぼうと考えるなんて、自分がなくなってしまう。
何が好きかは個性。
だから趣味を否定することは、個性を否定すること。
他人の趣味に合わせるってことは、自分で自分を殺して、他人として生きるのと一緒だもん。
好きなものは好き。それでいい。
好きで選んだものなら、本人にとっては全部「正解」。
ただ、損したくないなら予備知識があった方がよりいいものが選べるよ。